2007年11月アーカイブ

11/23、24の両日、新大阪のチサンホテルを会場にして日本アッセンブリー関西教区の聖会が開かれた。

 

私自身は人が多いところが苦手なので、近年参加することは少なくなっていた。今年は妻が参加したいというので、それなら私も、という動機で参加することにした。いやはやこんな動機で申し訳ない。

で、どうせ参加するなら奏楽か何か奉仕しよう、ということで事前に申し込んであった。希望は歌か楽器どちらでも、としたらコーラス(といっても4,5人なのだが)として参加してくださいということだった。

この奉仕、実はけっこう大変なのだ。全部で4回ある練習日程のうち、3回以上参加しないといけない。たまたま最初の3回はうちの教会が会場だったので問題なかった(実はおおありだった)が、4回目はちょっと離れた教会で、しかもヨーロッパ出張から帰ってきた日の夜なのだった。

予想はしていたがやっぱり時差ボケで起きられなかった。いやはや申し訳ない。

 

その問題だが、自分の教会が会場なだけにPA機材のセッティングをやっておく必要があったこと。初回は全員参加だったので早めに来たPAスタッフが準備していてくれた。が、2回目と3回目は私がやることに。

練習が始まってコーラスチームが歌い出しているというのに、私はまだマイクの音量バランスを調整中だった。リーダーも含め最大でマイクが6本立っている。誰がどのフェーダーに入っているかさえもはや怪しかった。

そんな状態で練習が始まってしまったのだが、ここでまた問題発生。またもや楽譜がいい加減だ!

どこから持ってきたのか知らないが、わりとちゃんと印刷された楽譜であるにもかかわらず音高がずれているとかシンコペーションの書き方が変だとか...まあ歌っているのと楽譜に書いてあるメロディーが違うというので、たまたま持っていたオリジナル音源で確認したら実はリーダーの覚えていたのが違っていたというのは笑うしかないが。

けっこうみんな適当に聞いて覚えていたりするのに、今さら変えられないなあ、なんておいおい...と思いつつ、リーダーの指示に従うことにする。歌いにくいシンコペーションについては楽譜を書きなおしたものを作った。これだけは勘弁してほしい。

 

心からの賛美を捧げるにはもっと気を使うべき所があるだろ?と自分に問いかけたりもするけど、気になるもんはしょーがないんダ。

 

さて当日。1日目はまあまあ声が出ていたが、2日目は高い方が出なかった。カゼ?寝不足?いろいろとやらにゃならないことがあるんだよ...しょうがないなあ、と思いつつ出せる範囲で結構自由に歌わせてもらった。

元々配られた楽譜にはメロディーしか書いてなかった。聖歌はまだ四声で書いてあるけど、ワーシップソング関係はあまり書いたものがない。しかも低音から高音までメロディーの音域が広い曲が多く、むやみにハモリを入れると後で歌えなくなってしまう。一応前の晩に音取りをしておき、当日の流れでメロディーを考えることにした。フェイクを入れたり、ゴスペルみたい。

 

さてソングリーダーの役割とは何か。音楽的な面だけで見れば曲想やテンポ、折り返しの指示も含めどのようにその曲を歌うのか、指揮者のような役割だと思う。ワーシップリーダーを兼ねる場合はさらに霊的なリードも必要になってくる。ふつう歌うのは主旋律だけだと思う。スリヤ佐野先生みたいにリーダーが主旋律以外を歌うのは例外的で、その場合はコーラスがちゃんと主旋律を歌っていることが条件となるだろう。

ではコーラスは。主旋律だけでなく、対旋律、副旋律?などなど音楽的に幅を広げる役割を持つ。さらには折り返しの指示などでリーダーが歌っていないときもメロディーを絶やさない役割もあると思う。そして結構大事なことなのだが、リーダーと共によき礼拝者であること。身振り、手振り、表情も大事な要素だ。全員ユニゾンで無表情のまま歌っているコーラスなんて、ぞっとする。

わざと笑顔を作れ、というといやらしいのだが、表情が死んでいては声も暗くなってくる。顔面の表情筋が適度に緊張していないと、声帯にまで影響してくるということ。結局、楽しんで、喜んで歌うってことだね。それが一番自然で、会衆にもそれが伝わってくると思う。

 

コーラスの技術的な面。それはハーモニーを作ること。リズムを揃えること。歌詞をはっきりと言うこと。かな...ハーモニーの良し悪しはアレンジ次第だけど、リズムがバラバラじゃせっかくのアレンジも台無し。加えて歌詞がはっきり伝わらなければ何を歌っているのか意味不明。元気がよければいいってものでもない。

ここで先ほどの楽譜と記憶の話に戻る。楽譜にははっきりと4/4拍子で、ただの八分音符と付点八分音符、十六分音符として書かれているメロディーがある。ところがこれをシャッフルのノリでドラムが叩くもんだから、ぜーんぶ八分音符三連になってしまう。メロディーが変わってしまうということ。

ノリとしては実はこっちの方が好きなのだが、人によって三連だったり付点だったりするので気持ち悪いという話。やるならどっちかに決めるべきだ、と提案したのだけれど、どうも分かったもらえていなかった様子。当日もバラバラだった。残念!

そして記憶。実はオリジナルの音源といっても翻訳ものだとさらにそのオリジナル言語の曲があり、これがまたメロディーやリズムが違っていたりする。ごっちゃにして覚えているんだよね、結局。上るべき所を上がらなかったり、下がらなくていいところを下がったり。ユニゾンで歌っていたはずが突然そこだけ和音になる...これも気持ち悪い~

 

 

さて、なんだかんだ言っても、やはりみんなで賛美することは素晴らしい、賛美は楽しい。こういった経験を積み重ねることで成長していく...はず。成長しましょう。してよね、頼むから。

(お前がな>自分)

 

 

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